相手を甘えさせることに喜びを感じる、母性あふれるウマ娘・スーパークリーク。
包容力があり頼れるタイプかと思うと、おっとり過ぎてちょっとドジっ子な一面も、でもそこもまたスーパークリークの魅力です。
そんなウマ娘・スーパークリークのゲームやアニメでの活躍を紹介します。
そして、ウマ娘・スーパークリークの性格の元ネタとなった競走馬・スーパークリークの生涯や主戦騎手の武豊さんとのエピソードをまとめてみました。
スーパークリーク育成でつまづきやすいあのポイントの意味がわかって胸熱ですよ。
スーパークリークとはどんなウマ娘?
母性本能あふれるウマ娘スーパークリークは、アニメやゲームで登場して活躍しており、漫画「ウマ娘 シンデレラグレイ」でもオグリキャップのライバルウマ娘として登場しました。
そんなスパークリークとはどんなウマ娘なのかを紹介していきたいと思います。
スーパークリークのプロフィール
名前 | スーパークリーク |
ゲームでの実装 | サポートカード:SSR 育成:★2実装済み |
距離適性 | 中距離・長距離:A |
CV(声優) | 優木 かな |
スーパークリークは、包み込むような母性愛あふれるウマ娘で、包容力たっぷりのその存在感は、個性派揃いのトレセン学園でもひときわユニーク。
何しろ、トレーナーに頼るのではなく、逆にトレーナーを甘やかすのがスーパークリークの元気の源。
赤ちゃん言葉で話しかけては、相手を甘やかして楽しんでいます。
スーパークリークの実家が託児所をしているため、そのような性格になったということです。
ボリュームたっぷりのプロポーション通り、レースにおいてはスタミナ抜群。
ゲーム中、菊花賞前に「小さなほころび」というコンディションが付き、トレーニングの失敗率が上がってしまいます。
これがあるために心が折れがちですが、菊花賞後は「大輪の輝き」というトレーニングの失敗率が下がるコンディションが付くので大丈夫。
アニメでは、オグリキャップ、タマモクロス、イナリワンらと一緒にいる姿がよく見られます。
特に多いのが、大食いシーン。
イナリワンが実況をつとめたファン感謝祭の大食い大会にも出場。
オグリキャップ、タマモクロスとドーナツの大食いに挑戦しますが、スーパークリークはオグリキャップのお皿に自分のドーナツを飛ばしてしまい残念ながら失格になってしまいました。
このドーナツ大食いの元ネタは1988年の有馬記念がネタになっており、スーパークリークは斜行してしまい失格となってしまっております。
また、イナリワン、タマモクロスと一緒に焼そばを食べながらオグリキャップの応援をしています。
Blu-ray BOX収録のオリジナルアニメ「BNWの誓い」においては、駅伝チームBのメンバーとして活躍しました。
おっとりマイペースでちょっとドジっ子ですが、とても優しいウマ娘・スーパークリーク。
母親のような優しさの持ち主のスーパークリークは、大切な人を元気にすることを願って頑張っているように見えます。
ウマ娘 シンデレラグレイでのスーパークリークは?
スーパークリークは漫画「ウマ娘 シンデレラグレイ」にも登場しており、2021年Young Jump29号から登場してきました。
天才トレーナー奈瀬文乃の期待のウマ娘として登場してきました。
菊花賞は勝数などの影響から出場が絶望と言われていたところから奇跡の出場となりました。
ぎりぎり出走できたにもかかわらず3番人気でありレースでは圧勝します。
ここでもスーパークリークは必死でトレーナーを支えようとしています。
【ウマ娘】スーパークリークの元ネタのはどんな馬?
1980年代後半~の第二次競馬ブーム時代に、オグリキャップ、イナリワンと並んで平成三強と謳われた競走馬・スーパークリークが、ウマ娘・スーパークリークのモチーフになっています。
競走馬・スーパークリークは1985年生まれの鹿毛の牡馬。
競走馬としましては1987年から1990年まで活躍していました。
そんなウマ娘の元ネタとなったスーパークリークがどんな競走馬だったのかを紹介していきます。
名前 | スーパークリーク (牡馬) |
調教師 | 伊藤 修司(栗東) |
成績 | 16戦8勝 (中央競馬) |
獲得賞金額 | 5億5,610円 (中央競馬) |
主な勝鞍 | 1988年菊花賞(GⅠ)1989年天皇賞(秋)(GⅠ)1990年天皇賞(春)1989年京都大賞典(GⅡ)1990年大阪杯(GⅡ)1990年京都大賞典(GⅡ) |
主戦騎手 | 武豊騎手 |
毛色 | 栗毛 |
主な勝ち鞍は1988年菊花賞、1989年秋の天皇賞、1990年春の天皇賞。
天才ジョッキー・武豊さんに初GI勝利をもたらしたのは、このスーパークリークです。
現在でも最も忘れられない馬の一つとしてスーパークリークを挙げられます。
スーパークリークの競争生活は?
1987年の夏にデビュー予定でしたが下痢のため12月の新馬戦が初戦となりました。
初期は田原成貴さんが乗っていましたが、翌年のすみれ賞から武豊さんが騎乗しています。
1988年日本ダービーを目標とするものの左前脚骨折により休養します。
この故障や武豊さんの騎乗停止を経て、菊花賞へ挑むことになります。
最初は対象外であった菊花賞ですが、馬主・岡田繁幸さんの計らいで出場がかないました。
スーパークリークの配合を考案したのが実は岡田繁幸さんであり、その才能を見抜いていたのです。
こうして出走かなった菊花賞で、スーパークリークも武豊さんも揃って初のG1制覇。
しかも武豊さんは史上最年少19歳8か月でのクラシック勝利、さらに親子二代での菊花賞制覇を達成しました。
ところが続く有馬記念では斜行により失格、オグリキャップ、タマモクロスに敗れてしまいます。
1989年は京都大賞典にてコースレコードを更新し勝利。
秋の天皇賞でオグリキャップを退けG1二勝めをあげます。
1990年は、大阪杯1着、春の天皇賞でイナリワンをくだし史上初の天皇賞秋春連覇達成。
凱旋門賞挑戦の話もありましたが筋肉痛のため回避しています。
京都大賞典連覇を成し遂げた後、繋靭帯炎発覚。
1991年、中山競馬場と京都競馬場にて引退式が行われました。
引退した後は種牡馬に。
2010年、老衰のため永眠します。
競走馬スーパークリークにまつわるエピソード
スーパークリークの名前には、クリーク=小川から大河になってほしいという意味が込められています。
安価で買われたにも関わらず偉業を成し遂げたスーパークリークは、まさに名前通りの名馬になりました。
元ネタのスーパークリークとウマ娘のスーパークリークの類似点は?
ゲーム中の「小さなほころび」から「大輪の輝き」の流れは、菊花賞前の低迷期とその後の活躍を再現しているように思えてきますね。
菊花賞以降、主戦騎手をつとめた武豊さんにとってスーパークリークは特に思い入れの深い競走馬であり、誰にも渡したくないと発言したことがあるほど。
スーパークリークがまだ若い武豊さんの袖を咥えて自分に乗るように「逆指名」したのが騎乗のきっかけなのですが、こういった頼もしさがウマ娘・スーパークリークの母性に反映されているのかもしれません。
また、武豊さんはスーパークリークに赤ちゃん言葉で話しかけていたと言われ、ウマ娘・スーパークリークの赤ちゃん言葉はそこに由来しています。
「ウマ娘」をしていると約10日おきに新キャラが登場してジュエルが貯まりますか?
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まとめ:【ウマ娘】スーパークリークとはどんなウマ娘?元ネタの馬との共通点は?
ウマ娘に登場するスーパークリークについてどんなウマ娘なのかを紹介しました。
また、元ネタとなった競走馬スパークリングはどのような競走馬だったのかを紹介しています。
確定コンディションである「小さなほころび」にはちゃんと意味があったのです。
競走馬・スーパークリークの史実が反映されていることがわかると、プレイ上は嫌なコンディションであっても頑張って乗り越えようという気持ちになります。
それでこそ「大輪の輝き」とその後の育成が一層楽しく感じられることでしょう。
ぜひ武豊さんのようにスーパークリークとの絆を育んでいってくださいね。
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